箱崎にて

echo792004-09-18

前日の深夜、Kくんに「ほーじょーやに行きませんか」と誘われた。「放生会」とは筥崎宮で催される八幡様と豊穣への感謝が起こりの、綿あめとかカキ氷とかお化け屋敷とかを楽しむ祭りのことで、Kくんとは以前舞台で共演した生真面目な青年のことである。生真面目でありながらその時のKくんの役柄は正反対で、巨乳好きのエロ精神科医だった。因みに僕の役は巨乳好きでマザコンの只のエロ男だった。そのことから僕も生真面目な性格であることが想像される。
財布が極薄最軽量だったので、どうしようか考えあぐねているところ、Kくんは「すーぽんしか誘えなかった」と言った。すーぽんとは同じく以前共演した熱く優しい青年のことである。柑橘系の何かではない。共演時の彼の役柄は手段を選ばない取立て屋で、僕の役柄は瓶底眼鏡と学生服のバカ書生だった。このことからも僕はしっかりした男であることが伺える。
「野郎二人だけでお祭りとはさぞ寂しかろう」と思い、久々に会うことになった。
翌日の晩、仕事を終えて僕はバスに乗り二人が寂しく待っているであろう箱崎へ向かった。聞けば放生会は終わり気味なのでカラオケボックスに移動したという。「野郎だけでカラオケとは、ちょっと寂いぞ」と思い、急いで言われた部屋に向かった。今思うと、その時点である可能性に気付くべきだった。
そこには懐かしい青年二人と見に覚えの無い女性二人がいた。何か盛り上がってる。
「…合コン?」10メートルもの距離を走って息も絶え絶えだった僕はなるべく自分に有利なシチュエーションを推理した。
「僕の彼女です」それぞれ紹介された。
カラオケは僕が来てすぐ終わり、そのあと「せっかく響(79)さん来てくれたし」と居酒屋に入ることになった。
あまり経験したこと無い状況だった。ちょっと逃げ出したくなった。「なんで俺を呼んだの?」という疑問が頭上を駆け巡った。あと「……空気読め!」という脈絡の良くわからない感情も起きた。声高に訴えようと思ったが酒代全部奢って貰うことになっていたので強く言えない。というか何も言わなかった。僕は心の広い男だ。
Kくんの彼女はとても落ち着いた女性で、Kくんの心の支えであるらしい。すーぽんの彼女は僕らと同じく演劇を嗜むかわいい女の子だった。しかしだからなんだというのだ。僕には何も関係が無い。知ったことではない。「うらやましい」とは絶対言わないと心に誓い、酒の席に臨んだが、すーぽんの彼女が声優を目指しているという言葉を聞いて、なぜか僕は声優の話を延々としてしまった。「おがためぐみはすっごい年下と結婚したよね」だの「しまだびんは名脇役だぞ」だの、自分が「声優」というジャンルでココまでしゃべれることに自ら恐れおののき、声優を目指す彼女からまでも「怖い」と言われた。
僕の喉がカラオケではなく声優談義で嗄れた頃に宴はおひらきとなり、4人はそれぞれカップルで解散した。僕は「近くに愛人の家があるからそっちに行くさ。お二人はどうぞごゆっくり」というような仕草を必死で見せてその場を辞した。
時刻は2時過ぎ。始発は6時。僕は田舎っ子。博多のうどん屋でなけなしの金を払ってきつねうどんとかしわ飯を肴に、眠気と戦いながらもそれまでの屈辱とこっぱずかしさを払拭するようにして、僕は一人で本を読む。