「潮騒のメモリー」と「虚構」のアイドル

あまちゃん」の挿入曲潮騒のメモリーオリコンウィークリーチャート2位を獲得しました。


名義は「天野春子(小泉今日子)」
純粋な歌手としてではなく、ドラマの登場人物という架空の名前が最初に冠されています。
女性歌手としては、オリコンベスト10入り回数が歴代5位の、キョンキョン人気に加えて、何よりも人気ドラマの中で「アイドル」になれなかった過去を背負った、天野春子としての物語が、このヒットを生んだのでしょう。


以前にも「Good-bye days / YUI for 雨音薫」や「ENDLESS STORY / REIRA starring YUNA ITO」など、登場人物名義の曲が数多くヒットしており、一方アニメ・ゲーム業界では「キャラソン」として登場人物名義の楽曲が多数リリースされています。
「架空の歌手」によって生じる「物語への感情移入」という効果。
その歴史を少し追ってみたいと思います。


「バーチャル・アイドル」という呼び名が忘れ去られて久しく、架空のアイドルは古くから存在していました。
90年代後半、3DCGの技術により誕生した「伊達杏子」「テライユキ」などが比較的有名ですが、バーチャル・アイドルの起源は「伊集院光オールナイトニッポン」だという説があります。


1989年にデビューした芳賀ゆいは、「当時のアイドル量産傾向はいかがなものか」という伊集院光さんのトークからポロリと誕生した「架空のアイドル」でした。
深夜ラジオ内のコーナーで、リスナー投稿のはがきから人物像やデビュー曲の肉付けが成された、視聴者が作るアイドル。その人気は不思議な勢いを得て、果ては握手会やシングルリリースまで敢行されます。

当時ブレイク中だったユニコーンのプロデューサー河合マイケルが奥田民生小西康陽を招いて作った1stシングル。
その後芳賀ゆいは伊集院さんの宣言に沿う形で、1990年に活動終了します。
顔は出さずに活動を行ったこのアイドルの正体は、57名の女性が場面に応じて交代しながら演じたものだったそうです。
因みに、シングル曲の影武者を務めた柴崎ゆかりさんはデビューへの道を絶たれること無く歌手活動を行い、現在は河合マイケルさんの奥さんになっています。



一方、この奇天烈な流行を太平洋越しに知ったSF小説ウィリアム・ギブスンは、1996年「あいどる」を出版。
この小説で、未来の東京を舞台にAIやホログラムなどのテクノロジーで「ゼロ」から作られたヴァーチャル・アイドル「投影麗」が登場します。

あいどる (角川文庫)

あいどる (角川文庫)



そして更に2年前、SF世界の「架空のアイドル」で僕が知る限り最初のものは、1994年に公開されたアニメマクロスプラスシャロン・アップルです。

遠い未来、科学技術の粋を凝らして開発されたバーチャロイド・シンガー。
外観はのっぺりとした黒い箱に真っ赤なカメラアイ。しかしステージでは見る者の望むままに容姿や歌声を変え、大衆を魅了する妖艶なアイドルです。
世紀末間近の当時、エコブームとともに「オーバーテクノロジー怖い」という風潮があり、このシャロン・アップルも最終的には自我暴走して人の心を骨抜きにし、街を乗っ取ってしまいます。


シャロンの歌を作曲したのは、当時この作品がサウンドトラック初挑戦だったという作曲家、菅野よう子さん。
このヒットからアニメ業界引っ張りだこ、次第に映画やCMなどの音楽作品が高く評価され、先日、次期朝ドラ「ごちそうさん」の音楽に抜擢されました。
そしてヴォーカルは、新居昭乃やガブリエラ・ロビンら、全く違う歌声を持つ6名のプロシンガー+声優1人。楽曲によって歌手が変わり、シャロン・アップルの造形に更なる深みを生んでいます。

因みに、このヴァーチャルアイドルが物語内でデビューしたのが、西暦2039年元気ロケッツのLumiが地球に降り立つ予定だった年です。


前回のエントリ(id:echo79:20130802)の通り、元気ロケッツのメインヴォーカル「Lumi」も架空の人物ですが、これも、先行して映画やアニメが先にあったわけではなく、「元気ロケッツ」という音楽プロジェクトの為に作られた設定・物語でした。
近未来の宇宙を舞台にした悲劇ともとれる物語が、明るい楽曲に深味を加えているのです。



そして2000年代、歌声に肉声が不可欠だったバーチャル・アイドルに転機が訪れます。
20世紀最後の年に、ヤマハで開発が始まったそれは、人間の声を取り込み再構成した音色から、新たに歌声を紡ぎだし、更に抑揚、歌詞、ビブラートなどを加えることができるシステムでした。
その名もVOCALOID
2004年の製品版リリース時は、デモテープ用ソフトとして利用されていたこのソフトが、2007年のニコニコ動画ブレイクを境に注目され始めます。主にアマチュアのミュージシャンが自作曲や既存曲カバーをアップする際のヴォーカルに、「VOCALOID」が最適だったのです。
短期間でボカロ作品はニコ動のメインジャンルの一つとして賑わいだし、その熱気の中、ボカロ開発のパイオニアクリプトン・フューチャー・メディア」がいわゆる「オタク層」をターゲットにしたVOCALOID初音ミクを産み落とします。

それが2007年夏。
奇しくも元気ロケッツのCDデビューとPerfumeが「ポリリズム」でブレイクしたのとほぼ同時期でした。
ユーザーが各々自作曲を架空のキャラに歌わせ、様々なキャラクター性を描く。あるユーザーはネギを持たせ、あるユーザーは恋をさせる。
その集合によってキャラクターが形作られてゆき、やがて3Dモデルによるライブが行われ、雑誌のトップを飾るまでに至ります。
芳賀ゆい」から18年。人間の声だったバーチャル・アイドルは、再びユーザー主導のものとして更なる進化を遂げたのです。
因みにこの年は「THE IDOLM@STER」というアイドル育成シミュレーションゲームが家庭用としてリリースした年でもあり、2007年は「アイドル」と「コンピューター」の関係が花開いた年だとも言えます。



約60名の女性とラジオリスナーによってブームが生まれた芳賀ゆい
フル人造の偶像という設定で、物語を彩ったシャロン・アップル
近未来の少女の物語から、等身大の歌手を生んだ元気ロケッツ
アイドルプロデュース+αの疑似体験ができるアイマス
そしてあらゆるファンが歌声や物語を自由に創れる初音ミク



「架空のアイドル」とは、それが一部「虚構」であることを予め名言している文化です。
ファンはそれを織り込んだ上でコンテンツを楽しみ、時には自ら物語を作る側に回る。
そして、この構造は実際のアイドルにも言えることかもしれません。
サクセスストーリーやスキャンダルが、ファンを一喜一憂させるも、それがシナリオどおりに展開された虚構だった…ということも。
メンバーがデキ婚で脱退したり、スキャンダルしたセンターが「卒業」という形で脱退したり、往年のアイドル歌手に影武者がいたり。


芸能界に舞台を移した「あまちゃん」は「架空のアイドル」「創られたシナリオ」を入れ子にすることで、アイドル業界をデフォルメしつつも、ある種の生々しさを醸し出すことに成功しています。
17年前の朝ドラ「ふたりっ子」劇中で架空の演歌歌手「オーロラ輝子」歌う「夫婦みち」がオリコンチャートインし、その年の紅白に出場したように、「潮騒のメモリー」も紅白出場ほぼ間違いなさそうです。


妄想無しでお届けしました。